AAMI eXchange 2026 本日のKeynote、基調講演です。
メインステージに登壇したのは、Project C.U.R.E.の最高経営責任者を務めるダグラス・ジャクソン博士です。
彼が率いる団体は、これまで45,000点を超える機器や2,240本以上のコンテナ物資を49か国以上に届けたと紹介されていました。25,000人を超えるボランティアに支えられているという規模感に、会場には静かな感嘆が漏れます。
博士自身も元大学教授であり、法務博士や経営学の博士号を持つ方ですが、その経歴以上に私の心を捉えたのは、彼が語る「大胆さ」という言葉でした。

医療という仕組みが存在しない世界の現実
博士は講演の冒頭で、あえて数字から話を始めました。地球上の約65億人のうち、約35億人は1日12時間働いてもコーヒー一杯分にも満たない収入で暮らしているそうです。エチオピアやソマリアなどの地域ではさらに過酷な状況があり、年収が100ドルに満たない村さえあるといいます。
そのような場所では、縫合糸一本に至るまで医療資源が高価すぎて手が届かず、そもそも医療という仕組み自体が存在しない現実があるのだそうです。
博士が見せてくれた一枚の写真がありました。アフリカのある診療所の風景です。その部屋で、後に女性が出産することになります。しかしそこには、医療機器はもちろん、電気もエアコンも照明もありませんでした。窓は開け放たれ、床には木材が散らばっています。無菌状態など望むべくもない環境です。
毎年、世界中で何百万もの子どもたちが、このような場所で生を受けている。私たちが生きている世界とは全く別の世界があることを、突きつけられました。
ガレージから始まった「世界を変える小さな一歩」
この活動の原点は、博士のお父様にあるそうです。アイダホで育ったお父様は、かつて「億万長者になりたい」という目標を持って事業を興し、富を築きました。
けれど、ご両親はあることに気づかれたといいます。
「裕福であっても、必ずしも幸せとは限らない」
その気づきから、ご両親は財団を立ち上げました。そして大学生だった博士と弟さんに、「あなたたちの相続分は、もう他の人にあげてしまった」と告げたそうです。高校生の頃なら格好いいと思えたかもしれませんが、大学生になってそれを言われた時の心境は、相当なものだったのでしょう(笑)。
その後、お父様は途上国で経済コンサルティングを行う中で、ブラジルの貧困地区にある診療所を訪れました。30万人が頼りにしている場所でありながら、そこには何もなかった。その光景に胸を締め付けられたお父様は、帰国後、医療卸の事業をしていた友人と協力し、倉庫に眠っていた在庫や箱がへこんだ物資を集めてコンテナに積み、ブラジルへと送りました。それが、ガレージから始まった小さな取り組みだったそうです。
「招待状」を待たずに踏み出す大胆さ(Audacity)
博士はここから、ある重要な考え方を提示しました。
「本当に意味のある仕事の多くは、招待状つきではやって来ない」ということです。
不動産デベロッパーが世界の医療を変える側に回ることも、弁護士や金融の専門家であった博士がこの道を歩むことも、誰に頼まれたわけでもありません。世界保健機関から「医療を変えてください」という招待状が届くことはないからです。
スターバックスのハワード・シュルツ氏やスティーブ・ジョブズ氏のような人々も、誰かに依頼されて業界を塗り替えたわけではありません。彼らはただ、自らの大胆さと勇気をもって一歩踏み出しただけでした。
博士はそれを「audacity(大胆さ)」と呼びました。ガレージに物資を満たし、「さあ何が起きるか見てみよう」と行動に移すこと。その精神こそが世界を変えるのだ、と力強く語っていました。
現在のProject C.U.R.E.は大きく成長し、全米各地で大規模な倉庫を運営しています。今年の会計年度では250本のコンテナを届けたという新記録を打ち立てました。1本あたり卸値で35万ドルから40万ドル相当の物資が詰まっており、それが極限の状態にある人々へと届きます。博士は来年、さらに目標を上げて285本のコンテナを届けるつもりだと言いました。
人生と世界を変える「3つのP」
そんな中で博士が、私たちに持ち帰ってほしい考えとして挙げたのが、「3つのP」でした。
- Purpose(目的)マーク・トウェインの言葉を引用しつつ、「なぜ自分はこの星に生まれたのか、与えられた才能や教育で何をすべきか」という個人的な目的を持つことの大切さを説きました。ザンビアの看護師たちは十分な訓練を受けていながら、道具箱が空っぽであるため、救えるはずの命を救えない。その光景を変えたいという明確な目的が、彼らを突き動かしています。
- Passion(情熱)博士は「passion」の語源に「苦しむ(to suffer)」という意味があることに触れました。単なる好き嫌いではなく、内側で深く何かを感じ、それが行動せずにはいられないほどの痛みとなって自分を突き動かすこと。「明日もまた誰かが同じ苦しみを味わうかもしれない」という感情的な痛みが、人を動かす本当の情熱になるのだといいます。
- People(人)他者のためにボランティアをすることは、科学的にも自分自身の健康に良い影響をもたらします。セロトニンやオキシトシンといった物質が出て、ストレスホルモンを取り除いてくれる。ただしそれは、心から誰かを助けたいと思って行う場合にのみ現れる効果だそうです。
博士は、この3つのPをどう組み合わせるかについても触れていました。
目的と人だけを持っている状態は、単なる「義務」になる。
情熱と目的だけを持っていても、そこには「孤独」が待っている。
情熱と人だけがある状態は、現代のSNSのようなもので、そこに深い目的は見当たらない。
この「Purpose」「Passion」「People」の3つすべてが揃い、調和したとき、人は本当の意味で自分の人生の居場所を見つけ、世界に影響を与えることができるのだそうです。
持続可能性と「3つのC」—現場を知る強み
質疑応答では、物資を送った後の持続可能性についての鋭い問いが出ました。「寄贈されたものが使われずに焼却されるケースがあるのではないか」という現実的な指摘です。
私は以前、楢村さんから「アフリカでは動かないものまで、不法投棄のように古い医療機器が送られてくることがある」と聞いたことがありました。そのため、同じような質問に対して博士がどう答えるのだろうと注目していました。
博士の答えは明確でした。「だからこそ、実際に足を運ぶアセスメントが絶対的に重要だ」と。
「3つのC」
- Character 信頼できる人物か
- Capacity 受け入れ能力があるか
- Customs 通関は可能か
という「3つのC」を確認し、段階的に能力を積み上げていくことが不可欠であるといいます。ここでも昨日のセッションと同様に、現在進行形で「何をすれば良いか考え、現場で行動する」ことでしか解決の糸口は掴めないのだと、腑に落ちた気持ちになりました。
自分たちを廃業に追い込むほど本気で働く
さらに博士は、「自分たちを廃業に追い込むほど本気で働くべきだ」という印象的な言葉を残しました。ある場所での問題が完全に解決し、「もうあなたたちの助けはいらないよ」と言ってもらえることこそが、究極の目標であるということです。
講演が終わった後、私が学んだことは、誰かが何かを変えてくれるのを待つのではなく、自らの情熱に従い、小さな一歩を踏み出すこと。
結局のところ、人生において本当に価値のあるものは、自分から手を伸ばし、他者のために動いたその先にしかないのでした。


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