AAMI eXchange 2026 の4日目も長い一日でした。予定どおりに進んだようで、思いがけない呼び出しもあった一日です。基調講演は別記事に譲り、ここには「その日に何があったか」を残します。
朝 一枚の写真と、過去最大の授賞式
朝8:00からのサイバーセキュリティーの演題発表を2時間程聞きました。
ひとつは、サイバーセキュリティを「組織としてどう回すか」という話。まず強調されたのは、誰が何を担うのかを文書化し可視化すること。RACI と呼ばれる責任分担の整理は、ある病院では確定までに六〜八か月かかり、終わらないことさえある。それでも業界の公開テンプレートを使えばいい、と言うことでした。七百床の病院で八十三機種を整理するのに二十か月、機微情報を確実に整理すために三か月かかることもある——その遅さを受け止めつつ実直に作業を続けるのが正しい、という言葉が心に残りました。
もうひとつは、医療が病院から家庭へ移るとき、セキュリティはどう変わるのか。在宅入院や高齢者の見守りがここ数年で現実になり、スマート体重計のような軽い見守りから血糖の連続モニタリング、在宅透析や在宅輸液まで、家庭の機器が重くなるほど安全リスクも跳ね上がります。病院の中なら機器も通信もファイアウォールの内側で守れたが、家庭では機器がスマートフォンと家庭用ルーターを経由して公衆回線へ出ていく。「左側と右側は守れても、真ん中は守りきれない」。ペースメーカーのデータが裁判の証拠になった例や、学生が調べた不妊治療トラッカーが女性のホルモンデータをマーケ会社へ共有していた例も紹介されました。技術が革新するたび、それを好機と見る者が必ずいる。だから安全とプライバシーのリスクを天秤にかけて守る、という姿勢が大事だとのことです。

見てくださいこの写真、決して眠っているわけではありません!
実は、スマートフォンのAIアプリを活用して、同時通訳のテキスト画面を真剣に読まれているところなのです。今やテクノロジーの進化により、言葉の壁を感じることなく、リアルタイムで内容を深く理解できる素晴らしい時代になりました。新しい技術を積極的に使いこなすその柔軟な姿勢、本当に素晴らしいですね。
その後、前の日に上半身のビジネス写真を撮りそびれていた肥田さんを連れて、キャリアフェアの会場へ。撮影ブースでは、前日にずいぶん「笑顔」に手こずった吉岡さんとは打って変わって、肥田さんはたった一回であっさり完了。後ろで待つ私のほうが拍子抜けするくらいでした。そこから、ロビーの青いクマの前で待っていた吉岡さんと合流し、メインステージへ向かいます。
メインステージは、AAMI 最高成長責任者ロバート・バロウズ氏の「昨夜のパーティーは楽しめたかい」という挨拶から。続く AAMI 財団の授賞式でした。
「今年は二十数名を表彰します。過去最大のクラスです」との事。
ジョン・D・ヒューズ HTM リーダーシップ賞は、五十年超のキャリアで退役軍人省(VA)の HTM 統合モデルを切り拓いてきたヘンリー・スタンキーヴィッツ・ジュニア氏へ。
ロバート・L・モリス人道賞は、三十五年で十九か国の医療インフラを支えてきた認定臨床工学技士、ブラジルのルシオ・ブリート氏へ。
新設のフランクリン・ワイバーグ奨学金は初年度第一号として FDA のアナリストへ、
ミラー奨学金は過去最大の二十三名へ。対象は臨床工学技士に限らず、ソフトウェアや医療情報の専門家まで広がっていました。その奨学金の受賞者のなかには、袴姿で壇上に立った日本の矢吹さんの姿も。晴れの場によく映える装いでした。
基調講演
そのあと HTM 担当副社長ダニエル・マギアリー氏が、デンバーのガレージから生まれ寄贈機器を百三十五か国以上へ届けてきた団体「プロジェクト・キュア」との連携を語り、翌日に展示フロアを修理工場へ変える Repair-a-thon を告知しました。そして基調講演が始まります——そのガレージの物語そのものは、別記事に譲ります。

昼食と、セキュリティの話、座長の下準備

昼は、前日と同じ様に昼食をはさみながら、何気ない会話が繰り広げられました。
昼食のあとには、この日の午後に控えた吉岡さんの発表の打ち合わせ。私はそのセッションの座長を務めることになっていたので、どんな発表になるのか、どんな質問を投げれば会場の皆さんに喜んでもらえるか——そんなことを考えながら、彼の話に耳を傾けました。打ち合わせはそれで終わり。あとは本番を待つだけ、のはずでした。
思いがけない呼び出し — ライブ@eXchange
ところが。展示会場で開かれていたセキュリティの講演を聞いていたら、後ろからとんとん、と背中を叩かれました。振り返ると、AAMI のスタッフの方。私たちを会場中探し回ってくれていたのです。用件は、初日にロバートとダニエルに話していた、あのライブへの招待でした。
セキュリティに興味のある肥田さんをその場に残し、吉岡さんと、通訳と、私の三人で、急いでライブ会場へ。私は「いよいよか」と胸が躍っていたのですが、隣の吉岡さんは「会場で目が合わないようにこのライブ会場前では下を向いて通っていたのに。もう忘れられた頃だと思っていたのに」と、すっかり弱気です(笑)。

ライブ中で、我々の前の出演者の出番が終わるのを横で待つあいだ、スタッフの方が裏話を聞かせてくれました。司会の二人からは、今年Expo会場でドッグセラピーを行なっている「子犬を連れてこい」だの「受賞者の吉岡氏を連れてこい」だの、相当な無茶振りをされていたのだとか。会場には司会のほかに MJ もいて、「三人で出る?」と冗談を飛ばしてきます。アドレナリンの出ていた私はつい「いいよ!」と即答してしまい、MJ に「冗談だよ!」と笑われました。我ながら、勢いというのは恐ろしい(笑)。
そうしていよいよ、eXchange のライブに出る番が回ってきました。その一部始終は YouTube に残っているので、ぜひ見てください。
動画は自動再生(ミュート)されています。
ぜひ音声をオンにして、当時の臨場感あふれる熱気を感じてください!
吉岡さんは、1時間15分から登場しますので、音声を入りにして、1時間15分から再生してください。
終わったあとは、ロバートとダニエルと私たちとで、写真を一枚。興奮の冷めやらぬまま、いよいよ自分たちの発表の番です。

二十分を超える発表
日本語が母語の私たちにとって、英語で発表するのはなかなかに難しいものです。頑張って英語で話しても発音が悪くて伝わらなければ、会場の人々は「何を言っているのだろう」という顔になって、部屋を出ていってしまう。かといって読み上げソフトに頼れば、伝わりはするけれど、自分で発表している手応えが薄れてしまう。あちらを立てればこちらが立たず、そんな状況なのですが、吉岡さんは、自分の言葉で英語を話す努力をしながら、スライドに字幕を添えて、会場にもしっかり届く形に仕上げてくれました。一時間の枠に、日米から一人ずつ。発表時間は二十分を超える大作です。練習の成果を出し切った、見事な発表でした。

時間が来ても質問が止まりません。幸い次のセッションがなかったので、超過したまま答え続けてくれました。発表者にとって質問コーナーはいちばん厄介なところですが、この日は隣に通訳がいます。吉岡さんは日本語でしっかりと応じてくれました。本当に、ご苦労さまでした。

このセッションには、さきほどのAAMIスタッフも駆けつけてくれて、AAMI ニュースに取り上げてくれるとのこと。こちらからお願いした以上の反応に、私の心まで熱くなります。
更なる通訳と、ティーパーティー
ちょうど同じ時間帯に、JSMI のティーパーティーが開かれていました。ここには、日本臨床工学技士会を代表して肥田さんが出ることに。ただ、肥田さんは英語がほとんど話せず、頼みの通訳の娘は吉岡さんのセッションに張りついています。そこで急きょ、私の息子を肥田さんの通訳に立てることにしました。技士会の代表ですから、いざという時にもきちんと発言してもらわなければなりません。英語ネイティブの子どもたちにも助けられた一日でした。


CABMETパーティーと、病院見学をなんとか
ティーパーティーを終えた肥田さんが我々のセッションに合流し、発表の質疑も一段落した頃。肥田さんがふと、「どうせなら病院見学にも行きたいな」と言い出しました。
じつは今年、日本臨床工学技士会からの見学ツアーには応募が一人。一人ではツアーを実施しないという技士会の判断で、見学は見送りに決まっていました。締め切りのあとに「ツアーは?」と問い合わせてくれた方も何人かいたのですが、後の祭りです。一人でも希望があるならツアーを実施してほしいと、私はひそかに思っています。「ひとりでツアー参加なら超ラッキーなんだけどな!」
ともあれ今年は、見学が無い予定だったのです。
そこへ、副理事長の一声です。私もどうしたものかと頭をひねりました。ちょうど、同じ病院で働く臨床工学技士の方が AAMI に来ていたので、デンバーにある系列病院に見学を頼めないかとお願いしてみます。すると、「このあとコロラド州の臨床工学技士会のパーティーがあるから、そこで系列病院の担当者を紹介してあげる。見学できるかどうかは、その人次第だけどね」と。

というわけで、そのパーティーへ突撃です。パーティーと名のつくものはたいてい招待制ですが、同僚の彼が快く招いてくれました。彼自身は運営スタッフとして忙しく動き回りながらも、私を見つけて系列病院の担当者と引き合わせてくれて——おかげで、明日の病院見学にこぎつけました。ほっと胸をなでおろしました。

ACCE 第36回授賞式と、ブラジルの仲間
そして、さらに ACCE(米国臨床工学カレッジ)の第三十六回授賞レセプションへ。ここも招待制ですが、提携の縁でACCE 国際交流委員の方が我々を招いてくれました。認定区分の刷新や中核試験のオンライン化、会員が千名を超え四十五か国に広がっていることが報告され、AAMI の幹部や CEO のパメラ・オルーク氏も挨拶に立ちます。アメリカの臨床工学技士制度についても、この席でいろいろと教えていただきました。
最も際立って素晴らしかったのは CE 殿堂入りの時でした。二名のうち一人は、あの朝の授賞式でも表彰されていたスタンキーヴィッツ氏。朝と夜、二つの式典で同じ名が呼ばれるのを、私は同じ会場で見届けたことになります。「この栄誉は自分一人の努力では得られない。チームに感謝しなければならないのです」——妻や同僚への感謝に続くその一言が、ズンと胸に響きました。
ジョイント賞では、朝に人道賞を受けたブリート氏の名がここでも挙がります。そして「最後にもう一人」と紹介されたのが、BMET of the Year に選ばれた吉岡さんでした。夕方に二十分を超える発表をやり切り、ライブにまで引っ張り出された、あの吉岡さんです。壇上に呼ばれ、会場中から祝福のメッセージを受けていました。日本の現場の仕事がこの場で讃えられるのを、JACE に関わる一人として、静かに誇らしく思いました。

合間には、東京で研修した経験を持つブラジルの仲間とも話し、来年はブラジル現地の学会へと誘われました。閉会の挨拶もアメリカンジョークで締めるあたり、流石です。
一日を振り返って
この晩は、前日のように近くの店で夕食、とはなりませんでした。明日の病院見学に備えて体調を整えましょう、ということで、お開きに。
振り返れば、朝からハードスケジュールで各セッションを聴講し、もうないと思っていた思いがけないライブに呼ばれ、夕方に発表をやり切った吉岡さんが BMET of the Year として再び壇上で祝福されました。息子に頼んだ通訳も、突撃したコロラド州臨床工学技士会パーティーも、ACCEのパーティーも勢いでなんとか前に進んだ一日でしたが、結局のところ、肥田さんや吉岡さん同じ病院で働く同僚、そして子どもたち——そばにいてくれた人に助けられて回っていたのだと思います。スタンキーヴィッツ氏の言葉を借りるなら、「やはり一人では何も得られない、〜」と言うことです。基調講演と日米の違いは、稿をあらためなければなりません、それくらい濃密な一日でした。


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