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タイヤ1個から始まった、デンバーの最高の夜 ― AAMI eXchange 2026 前夜

2026年5月28日。私はコロラドスプリングスから、デンバーへ向かっていました。目的地は AAMI eXchange 2026。医療機器の世界では一年でいちばん大きなお祭りのような学会で、今年はデンバーが舞台です。

今回も、私の役どころは「現地ホスト」。日本からやってくる仲間たちを、コロラドの空の下で出迎える係です。普段はコロラドスプリングスの病院でカテ室・EPラボに立っている私にとって、こうして日本の仲間と現地で合流できる機会は、何度味わってもうれしいものです。海を越えて同じ世界の話ができる相手が、今日はすぐ隣にいる。それだけで、一日がぐっと特別になります。

今回は、自宅から同行者として耕介君も一緒でした。彼については、また別にたっぷり書きたいことがあるので、今日のところは「耕介君も一緒だった」とだけ。続きはどうぞお楽しみに。

目次

まずは「再出発」から

コロラドスプリングスからデンバーへの飛行機は、ちょっとしたドラマからのスタートでした。優先搭乗の案内が流れ、全員が席につき、扉が閉まり、機体はゆっくりと動き出します。滑走路まで出て、さあいよいよ離陸——と、誰もが身構えたその瞬間。飛行機はくるりと向きを変え、なんとゲートへと引き返していったのです。

機内に流れたのは、機長さんからの丁重なお詫び。整備のために、およそ1時間、いったん地上で待つことになりました。そして準備が整い、あらためての再搭乗。「もう一度行きましょう(Take two)」という前向きな一言とともに、私たちは仕切り直しで空へと向かいました。こういうとき、空の人たちの言葉選びは、やっぱり上手だなと思います。

短いフライトでしたが、機内では「27年前に来たことがある」「デンバーはとにかく広い」なんていう旅の思い出話もちらほら。降り立ったゲートはB49。みんなでジェットブリッジを抜けてターミナルへ——出だしでつまずきはしたものの、無事にデンバーの空に降り立つことができました。

ところが、本当の珍事は、ここから始まります。

スーツケースのタイヤが、いなくなった

手荷物受取所。ベルトコンベアから流れてきた耕介君のスーツケースを見て、私たちは思わず目を疑いました。四隅にあるはずのキャスター(タイヤ)が、ひとつ、きれいさっぱり姿を消していたのです。脱落というより、もう行方不明。あれだけ頑丈そうに見えたのに、長旅のどこかで力尽きてしまったのでしょう。

「これはさすがにクレームを入れよう」ということで、ユナイテッド航空のカウンターへ。ところが、ここからが長かった。担当の方いわく、車輪の破損は通常は補償の対象外。それでも「損傷ファイル(Damage file)」自体は受け付けてもらえるとのことで、住所・電話番号・写真の提出を案内されました。

これが、なかなかの大冒険でした。連絡先の電話番号をどうするか、パスポートに住所が載っていない問題、カバンのブランド名がうまく特定できない問題……ひとつずつ片づけていきます。申告したカバンの値段は1万9千円。担当の方からは「3万円ルール」という補償上限らしき話も飛び出し、欠けたタイヤの写真を撮ってください、とお願いされたり。慣れない英語で、しかも荷物のトラブルという地味に効いてくる状況。耕介君も私も、ちょっと遠い目になりかけました。

最終的に渡されたのは、オンライン申請のURL。返答の目安は24〜48時間、対応完了までは7〜10日。……つまり、今日明日にはどうにもならない。学会は明日から始まるのに、修理を待っている時間はありません。これはもう、新しいスーツケースを現地で調達するしかないな、と現実的な算段が頭をよぎります。海外旅行保険のことも頭の片隅に置きつつ、ひとまずその場でできることはやりきりました。

そして、この「タイヤ事件」のおかげで、思いがけず素敵な合流が生まれます。

ピンチに駆けつけてくれた、二人

クレーム対応に時間を取られている私たちのところへ、日本からひと足先に到着していた肥田副理事長と、吉岡委員長が駆けつけてくれたのです。

異国の空港で、慣れない英語の書類とにらめっこしながら、少しだけ途方に暮れている。そんなときに、見慣れた顔が「どうした?」とやってくる安心感といったら。トラブルの真っ最中だというのに、合流できた瞬間に、なんだかちょっと笑顔になれました。

旅のトラブルは、こうして仲間と分け合うと、不思議と「困りごと」から「思い出」のほうへ変わっていきます。タイヤがひとつ取れただけで、こうして全員が同じ場所に集まれた。今思えば、あのタイヤはいい仕事をしてくれたのかもしれません。

肥田副理事長の「アメ車に乗りたい!」

無事にクレームの目処をつけたら、次はレンタカー。デンバーの空港にはカウンターが中になく、シャトルバスで少し離れた拠点まで移動する方式です。シャトルは優先会員が先に停まる運用で、一般の予約は次の停車を待つ仕組み。そんな小さな勝手の違いも、海外ならではの楽しさです。

そして、Avis のカウンターでついに炸裂したのが、肥田副理事長のかねてからの夢でした。

「どうせアメリカに来たんだから、アメ車に乗りたい!」

日本から大きなスーツケースを持ってくる事が想定されるので、大型SUVが自然と候補になります。並んでいた候補は、リンカーン、メルセデス、そしてキャデラック・エスカレード。しかも、どれを選んでも値段は同じだと言うではありませんか。これはもう、答えは決まっています。大きくて堂々とした、いかにもアメリカらしいキャデラック・エスカレードに、副理事長の夢を乗せて。区画番号をたどって目当ての一台を見つけ、手続きを進めて、いざホテルへ。

エスカレードの堂々とした車体に荷物を積み込み、広い座席に腰を沈めれば、副理事長の顔は少年のよう。「やっぱりアメリカは、こうでなくちゃ」という満足げな一言に、車内が笑いに包まれました。夢はかなえるためにある。たとえそれが「アメ車に乗る」というシンプルな夢でも、叶った瞬間の笑顔は、何物にも代えがたいものです。荷物のトラブルで始まった一日が、ここで完全に「冒険」へと色を変えました。

ここからは、二手に分かれて

ホテルで荷物を置いたら、この日の夜は、二手に分かれての行動になりました。

肥田副理事長と耕介君は、二人でゆっくりディナーへ。そしてもう一方の私たちには、この旅でいちばん大切なミッションが控えていました。AAMIのボードメンバー食事会です。

参加するのは、三人。吉岡淳委員長と私、そして吉岡委員長の通訳として連れてきた私の娘です。
夕方、ホテルの前に大きなバスが横付けされます。行き先はレストラン。長旅の疲れもどこへやら、みんな少しおめかしをして、いい顔をしている。バスに揺られている時点で、もう胸が高鳴っていました。タイヤがひとつ取れた朝から、夜はこんな立派なバスに乗っている。旅というのは、本当に何が起こるかわかりません。

なぜ、私たちが呼ばれたのか

理由は、はっきりしています。日本臨床工学技士会・国際交流委員長の吉岡淳委員長が、今年の AAMI BMET of the Year Award(GE Healthcare 協賛) に選ばれたからです。

そして、その吉岡委員長を推薦したのが、ほかでもない私でした。だから、この夜は私にとっても特別な意味を持っていました。自分が「この人こそ」と名前を挙げた相手が、世界の舞台で正式に認められる。その晴れの瞬間に、すぐ隣で立ち会える。これ以上のことは、なかなかありません。

バスの中で、私は吉岡委員長にこう伝えました。「ボードメンバーの集まりなんて、そう簡単に参加できるものじゃないんですよ」「Youtubeやポッドキャストでしか見たことしかない人たちを、いま本物で見ているんです」と。これは医療機器の世界の、いわば“てっぺんの集い”。その重みを、隣で一緒に噛みしめてもらいたかったのです。

ディナー前のワイングラスを片手に皆さんと談笑する立食の場で、私はAAMIのMJ氏に吉岡委員長を紹介しました。この時のために、英語も日本語もネイティブに話せる私の娘を通訳として連れてきており、彼女を介して和やかに言葉を交わすことができました。
さらにロバート氏を見つけると、私はすかさず彼に声をかけました。「吉岡氏が今回のアワードを受賞したからには、ぜひポッドキャストに出演させたい。そのために、完璧な通訳も連れてきているのです」と。すると、その熱意が伝わったのか、話はダニエラ氏も交えた展開となり、「それなら雑誌にも記事を投稿してもらおう」という素晴らしい提案にまで発展したのです。
まだディナーの席に着く前のわずかな時間で、AAMI公式ポッドキャストへの出演と、雑誌への寄稿という二つの快挙が決まりました。頼もしい通訳の活躍もあり、自分が推薦した吉岡委員長のアワード受賞に、これ以上ない最高のかたちで華を添えることができたと、私は密かな達成感を噛みしめていました。

「本当に、よく選ばれた」と言われた瞬間

会場に着くと、主催者でありCEOであるパメラの温かいスピーチで夜が始まりました。

「このディナーは、一年でいちばん好きな時間のひとつなんです」「今夜の主役は、あなたたちです」。仕事の手をいったん止めて、お互いとちゃんと向き合い、AAMIの使命を支えている人たちを祝う夜——そんな言葉で会場が一つになっていきます。ボードメンバーに手を挙げてもらって拍手を送り、今年で退任するメンバーへの感謝を伝え、新しく加わるメンバーを温かく迎え入れる。会場全体が、敬意と感謝で満ちていました。

そして、今年のアワード受賞者が、ひとりずつ名前で呼ばれていきます。人道賞、パイオニア賞、出版に関する賞、フェローの称号——分野も貢献の形もさまざまな顔ぶれが、次々と立ち上がり、拍手を浴びていく。

その流れの中で、吉岡委員長の名前が呼ばれました。AAMIの方が彼にかけてくれた言葉が、私はどうしても忘れられません。

「あなたの経歴も、申請書類も、本当に見事でした。受賞は当然です。あなたがしてきたことすべてに、ありがとう」

推薦した私としては、もう胸がいっぱいでした。自分が信じて名前を挙げた人が、海を越えた舞台で、こんなにまっすぐな言葉で讃えられている。それに、この受賞は吉岡委員長おひとりのものでありながら、同時に、日本の臨床工学技士という仕事そのものへの評価でもあると、私は感じていました。日々、現場で患者さんの命を支える機器と向き合い、地道に技術を磨いてきた人たちがいる。その積み重ねが、こうして国境を越えて認められる。コロラドで暮らしながら日本とアメリカの橋渡しを少しでもできたら、と思ってきた私にとって、この夜は、その手応えをはっきりと感じられた特別な時間になりました。

そして、通訳をしてくれた娘の存在も、大きな支えでした。正直に言えば、私は英語がそれほど得意ではありません。「娘を連れてきたんだ、英語は我が家でこの子がいちばん上手なんだよ」と紹介すると、まわりも温かく迎えてくれて、みんなでこの夜に臨めたことが、何よりうれしかった。

テーブルで生まれた、新しいご縁

ボードディナーで私の前に座っていたのは、実に多彩な顔ぶれでした。フィラデルフィアの小児科病院で人事や運営を担っている方、心臓のデバイスで知られるアボットの方、そしてAAMIの運営を支えているMJ。立場も専門もまるで違う人たちが、同じテーブルでひとつの料理を囲んでいる。それだけで、この業界の懐の深さが伝わってきます。

食事はファミリースタイル。「何も選ばなくていいんですよ、ただ座って楽しんで」という気楽さで、大皿の料理をみんなで取り分けていきます。肩の力が抜けた、いい時間でした。

こういう場をいっそう温かくするのは、いつだって人の率直さです。あるベテランの方は「実は耳が遠くてね、今日は補聴器を持ってきていないから、遠慮なく大きな声で話してくれ」と笑顔で。私たちも私たちで「英語、得意じゃなくて」「いやいや、私もうまく話せないよ」と言い合って、テーブルじゅうが笑いに包まれました。うまく話せなくたって、伝えたい気持ちさえあれば、なんとかなる。言葉の壁なんて、笑い声の前ではずいぶん低くなるものだと、あらためて思いました。

話題は、仕事の枠もどんどん越えていきます。アイスホッケーの熱い思い出、裏庭の小さなブドウ畑でワインを仕込む話、家族のルーツをたどる話。デザートの大きなクッキーをおかわりしながら、初対面とは思えない距離感で語り合う。日本の臨床工学技士は、透析も、呼吸療法も、カテ室も、EPも、ひとりで幅広く担うこと。アメリカは専門ごとに細かく分かれていること。お互いの「当たり前」を交換し合うだけで、発見の連続でした。

そして何よりうれしかったのは、AAMIの方々から「日本にぜひ行ってみたい」「もっと対等に、双方向で付き合っていきたい」という言葉が、自然とあふれてきたこと。さらには「吉岡委員長にポッドキャストのインタビューをしたい」「日米の臨床工学の違いを記事にしたら、きっと面白い」という話まで盛り上がり、ニュース担当の方とスケジュールを合わせよう、という具体的な相談にまで発展しました。ここでも、娘の通訳が大活躍。ひとつの受賞が、こうして新しいご縁の入り口になっていく。その現場に立ち会えたことが、今夜いちばんの収穫だったかもしれません。

帰りのバスは、大盛り上がり

楽しい時間は、あっという間です。帰りのバスは、すっかりお酒も入って、みんなが大きな声で話しています。受賞の余韻と、満ち足りた気分とが入り混じって、車内はとびきりの盛り上がり。笑い声が絶えませんでした。標高1マイル、文字どおりの“マイル・ハイ・シティ”。空気が薄いせいか、いつもよりお酒の回りも早い気がします。

そして、ボードディナーを終えた私たちは、ひと足先にディナーを楽しんでいた肥田副理事長と耕介君のもとへ。すでに盛り上がっている食卓に、遅れての合流です。アメ車の武勇伝に、受賞の報告。誰かは「アメリカに来たからには、バカでかいコーンと、バカでかいホットドッグを食べてみたいんだ」と、まだ見ぬアメリカングルメに目を輝かせていて。みんなの話が、いつまでも尽きません。

雨の中を、いい顔で歩いて帰る

夜も更けて、外は、しとしとと霧雨が降っていました。「雨だけど、行かなきゃ」「明日のコーヒーは買わなきゃ」なんて言い合いながら、濡れた夜道を歩きます。開いているお店を探して、水のペットボトルが何ドルだとか、コンビニはどこだとか、たわいもない話で盛り上がる。疲れた、もうお腹いっぱい、と口では言いながら、誰の顔も明るい。初日から、こんなに濃い一日を過ごせたのだから、当然です。

滑走路から引き返した飛行機に始まって、タイヤ1個の行方不明、夢のアメ車、そして世界のてっぺんの食事会で、自分が推薦した仲間の晴れ舞台を見届けた。トラブルも、ハプニングも、全部ひっくるめて、最高の前夜になりました。

そして明日からは、いよいよ AAMI eXchange 2026 の開幕です。本番は、ここから。今夜はぐっすり眠って、また朝いちばんで、みんなで会いましょう。

吉岡委員長、本当におめでとうございます。あなたを推薦できたこと、そしてその晴れ舞台に、コロラドの地で、娘とともに立ち会えたことを、心から誇りに思います。

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この記事を書いた人

Tomo(長澤 智一)
臨床工学技士 / 米国認定心血管インターベンション専門士(RCIS)

日本では体外循環(Perfusionist)を行なっておりました。米国ではカテーテル室(Cath & EP Lab)の第一線で活動する臨床工学技士。日本での臨床経験を経て渡米し、全米トップ5%にランクされる医療施設にてRCISとして従事。

自身の経験から、日本の臨床工学技士が持つ技術力の高さを確信し、その可能性をグローバルに広げるための情報発信を行う。「現場のリアルを、次世代のスタンダードに」をモットーに、医療現場レベルの正確性と誠実さを追求したキャリア支援を提案している。

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